「母という牢獄娘という呪縛」を読んで

母を殺した娘の話

最近話題になっているノンフィクション、

「母という呪縛、娘という牢獄」

を読みました。

この本は、司法記者出身のライター、

齋藤彩氏と実の母を殺害した高崎あかり(仮名)

さんが交わした書簡がもとになっています。

あかりさんは母親を殺し、

死体をバラバラにした上で遺棄しました。

ここだけ聞くと、残忍で非業な人という

印象を持つかもしれません。

ですが、この本を読んだ後、

私は彼女の背負った運命に同情し、

罪を償った後は、穏やかで幸せな人生を

送って欲しいと思わずにいられませんでした。

彼女は母親から医学部に入ることを強要され

9年間の浪人生活を送っただけでなく、

日常的に言葉や暴力で虐待されていたからです。

(父親は別居し、母と二人暮らしだった)

「そんな毒親は逃げた方がいい。」

「なぜ逃げなかったの?」

とあなたは思うかもしれません。

実際、あかりさんも何度も脱走を試みるんです。

ですが、母親が雇った探偵に見つかる、

雇用された会社の内定を母親が勝手に断る

などして、家から逃げられなかったんですよ。

逃げたくても逃げられない。

自分の人生を自分で選べない。

勉強が出来ないと罵倒され、

暴力を振るわれる、、、。

ついには、どうしようもなくなって、

母親を殺害してしまう・・・。

想像するだけで重苦しい気持ちになりませんか?

彼女の凍った心が溶け、殺人を認めた理由

あかりさんの人生はハードモード

過ぎて救いがないように見えます。

ですが、

「どんな人でも人生をやり直すことが

できるし、立ち直ることができる・・・」

そんなメッセージが本書に

込められているように思うんですね。

母親のバラバラになった死体が発見された後、

あかりさんは死体遺棄は認めたものの、

殺害を否認していました。

『母のいない私の人生を生きるために、

母を殺したのに、殺人罪で刑務所に

入れられたくなかったから』です。

そんな彼女の考えを変えたのは、

「人の優しさ」だったんです。

娘が殺したのだろうとわかっていても

拘置所に会いに来てくれる父親、

あかりさんに対する深い理解を示した

一審の裁判長、

「納得して刑務所に行ってもらいたい」

という弁護士・・・。

他者の持つ慈愛に触れたあかりさんは、

殺害を告白し、罪を償うことを決意するのです。

彼女は懲役10年の刑を受け、

現在も服役中です。

刑期を終えた後は、お父さんと

穏やかで幸せな日々を過ごすことが

できたらと願わずにいられません。

この世界で愛より大切なものはない

私のセラピーの先生、スヴァギートは、

「愛よりも大切なものはない。
それ以外は全部二の次だ。
お金なんて紙切れにすぎない。」

と言います。

私は凡人なので、お金もほしいなぁと

思っちゃうんですけど。

でも、この本を読んで、やっぱり

「愛」ほど価値があるものはない、

と確信したんですね。

あかりさんは他者が差し出す

偏見のない愛に触れることによって、

人間らしい心を取り戻していったからです。

もし彼女のお母さんが、自分は愛そのものであり、

他者と比べたり、価値を証明するために

何かをする必要がないことに気づいていたら

 

あかりさんを干渉したり、

虐待することもなかったと思うんです。

​そう思うと残念でなりません。

 

虐待は社会問題として取り組んで行く必要がありますが、

私たち1人1人が自分を許し受け入れること、

自分に価値を認めることが

世界をより良い場所に変えていく

小さな一歩になるのではないかと改めて思いました。

 


親子関係や愛について考えさせられた良書です。

ご興味がある方はぜひ読んでみてください。

 

 

 

 


    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

    このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください